そのちゃん's profileたまゆらの頃PhotosBlogListsMore ![]() | Help |
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June 09 退院8月8日。 S先生より右腕を使いすぎないこと、右腕の外傷等には気をつけること、 何かあれば早めに受診することなどいわれる。 受付で入院費用を支払い、退院許可証をもらい、 それを持ってナ-スステ-ションへ。 引き換えに診察券・とんぷく・飲み薬をいただく。 看護士さんにお礼をいうとエレベ-タ-まで見送ってくださった。
3週間入院して分かった事。 病気と懸命に向き合っている人達がいる事。 そしてその人達はとても優しい事。 それを支えているドクタ-やナ-スさんのがんばり。 日常ごく普通に暮らしている事に感謝。 自分を見つめなおせた時間をもてた事。
なにより「私」を守るために先に逝ってくれた右乳房さん。 今、どうしてるんだろう?時々思う。
「乳がんになったことは不運な事だけど、不幸な事じゃない。」 誰かのホ-ムペ-ジにあった言葉。そのとおりかも・・・。 なんて、迎えにきた娘の車に揺られながらしみじみ考えていた。 のもつかの間、家に帰ると仕事が待っていた~。 たまっている伝票をパソコンに打ち込み、 する気がなかったんだけどトイレ掃除(すご~く汚れて最悪) お金のチェックなどこなした。いいリハビリになったかも・・・。 なんだか胸が板に挟まれているようなヘンな感覚がする。 夜は疲れたせいか、早めに寝床についた。 June 08 退院許可あ~今日は、小学生のお客さんがわんさかやって来た。 かなり顔なじみになっている子とかもいて、言いたい放題いってくる。 友達が擦りむいたから絆創膏ちょうだいだとか、 いい大人をからかったりして喜んだり。 「絆創膏なんてない!ここは保健室じゃないんだから!」 おもわず頭にきてさけんだ。 なんでしかられたか分からないって顔つきの子供達・・・。 ほんとに学校の先生はよくこんな子達と付き合っているよ。 尊敬するばかり・・・。
また昔に戻って・・・2003年8月7日。 昨日、残りの分も抜糸してもらった。 お昼前、S先生が病室の入り口で私を呼んだ。 やっと病理の結果が出たということらしい。 カンファレスル-ムで今後の治療法を相談した。 「リンパ節への転移はなかったよ。 でもリンパ管にがん細胞があるっていう場合も考えられるし、 抗がん剤は飲んだほうがいいし、ホルモン感受性が、 陽性なのでホルモン療法としてお腹に注射して 閉経状態をつくりだす治療もうけてもらったほうがいいんだけど。 どうしますか?」って聞かれてもどうすればベストなのか・・・。 「お腹に注射ですか。あのぉ~その注射って高いんですか?」 先生は、「ん~注射恐い?」 じゃなくて値段が気になるんです。「いえ、いくら位するんですか?」 「う~ん1万いくら・・かな?はっきり知らないんだけど。」 病気が病気だけにお金かかるんだ。 色々副作用があるかもしれないことも聞き、 「それでお願いします。」と、答えた。 先生は、「じゃ、がんばって通院してください。」
そして私は、家の様子がどうしても気になるので (仕事のこととか・・・)退院したいと申し出ると 「わきの下部分の傷がきになるので、11日に来てもらって ガ-ゼ交換しましょう。リハビリもちゃんと進んでいるみたいだし、 明日退院していいよ。」とお許しが出た。 先生の顔が毎日見れなくなる。 退院は嬉しいけど、もう少し入院していたいような・・・。
June 06 半分抜糸2003年8月4日。 回診のため処置室に呼ばれる。 3階は小児科・婦人科病棟で、小児の数の方が多いせいか 処置室のベットはキティちゃん柄のちいちゃなベット。
S先生がにこにこ 「今日は半分抜糸しましょう。」 先生がベットに腰掛けると、先生の体温が伝わってきた。 病理結果を聞いたが、まだ結果がでていないとの事。 て、いうか病理のドクタ-が一人しかいないので あまり催促できないらしい。 検査自体の順番がまわってきていないということ。
抜糸の際、S先生は看護士さんに「なんかはさみある?」 机の中からおもむろに出てきたはさみ。 どうも私の顔つきが「抜糸用じゃないの?」と、言いたげだったらしく 「大丈夫。心配しなくても・・・。でもここあんまりお金ないから 備品とか買いずらいんだよ~。」と、つぶやく先生。 おもわず私は、「え~そんな事言ってもいいんですか~?。」 先生はすこし慌てて「オペ用のピンセットだって何万もするんだよ。」 早口で言った。 やっぱりS先生は面白いし、癒される感じ・・・。 June 04 3階に移動夕べは、娘と仕事について話しました。 娘は歯科助手をしていますが、 最近ドクタ-の仕事が雑になってきたそうなんです。 理由はまぁ色々あるそうなんですけど、 口コミというのは恐いもので「あそこはへたくそよ」と うわさが広がりつつあることが娘の耳にはいってくるらしい。 田舎とはいえ、同業者が何軒かあるので娘は気にしています。 私は外に勤めに行った経験がなく、ろくなアドバイスもできず、 聞いてあげるしか出来ませんでした。 なんかむなしい夜でした・・・。ふぅ~。
また2003年8月2日。 この頃になると手すりにつかまらなくても足もふらつかず、 らくに階段を上り下り出来る様になる。 午前中、3階の婦人科に移動。 昨日、師長さんより病室を変わってほしいと申し出があり しかたなく同意した。 S先生も「部屋が変わってもちゃんと来るから!」と言う。 おそらく、4階の外科病棟に新患が入ってくるんだろう。 今回の部屋にはHさんという胃がん患者の女性がひとりいた。 肺が弱っているので手術出来ないらしい。 1日中点滴をつけられ、3度の食事も出てこない。 抗がん剤の影響でか、頭にバンダナを巻いている。 「私に構わず食事をしてね」というが、気が重く ディル-ムで食事をとったりしたこともあった。 そのほうが、Hさんの気に触ったかも・・・複雑・・・。 私の手術前に同室のMさんが、「手術したくても 出来ない人もいるんだから、あなたは出来る体で幸せよ。」 そのとおり。S先生が手術してくれたんだしね。 June 02 雨模様今日は、雨でお客さんが少なかったです。 お店の前に公園があるので、いつもは学校帰りの子供たちが お菓子を買いにくるんですけど、この雨空ではあまり来てくれません。 にぎやかすぎてうるさいなぁ~と思うことも多々ありますが、 いないと物足りなくてなんか寂しかったりして・・・。 今どきの小学生は携帯電話持っている子もいるし おとな顔負けのファッションしてる子なんかも・・・。
あ~もうすぐ梅雨の季節ですねぇ~。 それまでに久しぶりに京都にでも行きたいなぁ~。 大阪のゴッホ展ものぞいてみたいし。
それでは、2003年7月30日に戻って・・・ 久しぶりに初診のときのK先生が回診にいらした。 右胸下の2本のドレ-ンを抜いてもらう。 ドレ-ンを引っ張り出す際の皮膚の下のにょろっとした感触。 私は気持ち悪そうな顔をしていたらしく、 「大丈夫?」と、K先生は心配そうにおっしゃった。 S先生とは違い普通に親切。 でもなんだか面白みに欠けるかも・・・。(贅沢な患者ですね) 傷をガ-ゼでおおい絆創膏を貼っておしまい。痛くはなかった。
May 31 ひじきの煮物今日は、買い置きしていたひじきで煮物を作りました。 亡くなった祖母がよく作ってくれたので、時々食べたくなります。 タッパにいれ作り置きしておき、お弁当にいれたり ひじきご飯とか卵と炒めたりしています。 お店番をしなければいけないので、 日曜以外は、基本的に母が食事の用意をしてくれますが、 ひじきの煮物は私が担当になっています。(他にも色々) 今日はすこし味が濃くなったかも・・・。
2003年7月28日。 昨日もうでを引っ張られたので「も~先生!自分でしますので!」 と、さけんだせいか、今日は「がんばってる?今動かさないと あとでこまっちゃうからねぇ。」って、S先生、励ましのお言葉。 見ていた看護士さんも「スパルタですねぇ~」と、笑っている。 でもそのおかげで思わぬ早く回復できたんじゃないかなぁ。 消毒のときは、看護士さんがお向かいで時間かかっていたので 見かねて先生が私の傷の消毒をしてくれたり・・・。 さぁ~がんばって元気になるぞ~!
May 30 つばめ達うちには、今つばめの巣が3つあります。 倉庫の蛍光灯の端に2つと、店舗の入り口に1つ。 こんなたくさん作ったのを見たのは初めてです。 今は、2つの巣の中でヒナ達がぴぃ-ぴぃ-ないています。 残りの1つは巣立ったあとなんですが、 時折つばめ達が舞い戻って親つばめと飛び比べ?したりして 楽しそうにしていますよ。
つばめが巣を作るとその家は栄えるというらしく この季節になるとつばめがくるのを楽しみにしています。 でもフンもすごくてヒナがかえったとたん、てんこ盛りになります。 (お食事中の方、ごめんなさい。) ひなが用を足すときは、お尻を巣の外に出して落とすんですよ。 そのときたまに落っこちてしまうドジなヒナがいます。 わざわざ巣に戻しても、また落ちてくるのもいます。 要領の悪いのは生き残れないんでしょうか・・・ 自然は、厳しいなぁ~。人間でよかった・・・。
また2003年7月26日・・・。 今日から本格的にリハビリしなくちゃ・・・。 足が弱るといけないので階段を使って1階の売店まで行く。 二の腕・右胸の感覚が鈍っているように思う。 右手・腕はなんともないので一安心。 さすがS先生だなぁ~と感心。
回診の時、感覚の鈍っている箇所があること、 手は自由に動く事など告げる。 「右腕どの位あがる?」って、いわれたので 「ドレ-ンの先がささりそうな気がするので、痛いんですけど。」 と、言いつつ限界まであげた。 と、いきなり(いつもそう)私の右手首をつかんで 「この辺までいけるんじゃない?」先生はむんずとひぱった。 「いたたた!」軽いドクハラ? なんだかからかわれているみたい~ まっS先生だからいっか、なんて・・・。
May 29 お出かけ今日は、仕事がお休み。 10時に起き、天気がいいので布団を干し、 食事をとり、掃除・洗濯などすませ2時過ぎバスで 出かけた。子供たちは、それぞれ友達と出かけている。 子育てという時期は過ぎ、さながら相談相手といった感じ。
三宮のロフトへいったあと、神戸までぶらぶらしながら お気に入りの自然食品の店や雑貨店に立ち寄る。 湯のみが割れてしまったので、きれいな藍色で うち底にかわいい小鳥が描かれているものを買った。 ス-パ-で夕食の食材を買っていると、 デビッドボウイの曲スタ-マンが流れてきた。 (すこし前に車のコマ-シャルのバックミュ-ジックで レッツダンスとかもかかっていたっけ) ロックが好き・・・というよりボウイのファンなんです。
またまた、昔の話になりますが・・・。 2003年7月 25日。 ゆうべは本当に一睡も眠れなかったので 一日中寝たりうとうとしていると、S先生が回診にこられ、 「あ~昼間なのに寝てる~。夜眠れないよ~。 さっさとリハビリしないと・・がんばって!」 かなりスパルタなお言葉をいただき (若いからいくらでも寝れるんです!) と、言いたかったが、「夕べは全然寝れなかったんです・・・。」 と、しおらしく苦笑いした私だった。 May 28 手術後7月24日、長い夜があけやっとお昼前。 S先生が右腕の固定をはずしに来てくれた。 「ごめんごめん、遅くなった。もっと早くきたらよかったなぁ。」 包帯をはずしはじめると、 「スパイダ-マンみたいに網目模様がついてしまったね」 なににたとえてくれるんだ~でもちよっぴり気持ちが軽くなった。 部屋をでるときに、「あ、お昼から食事がでるはずだからネ。」 すこし笑いながらおっしゃった。 あ~はずかし~。
ベットの柵にしがみつきながら、起き上がろうとすると めまいがしたが、しばらくすると落ち着いてきた。 12時、昼食が運ばれてきた。 右腕があがらないので食器にそばまで口をもっていって ゆっくりゆっくり食べた。
導尿をはずしてもらっていたので、トイレにいった。 廃液を出すドレ-ンはついたままなので、 からだが、思うように動かなせない。
手術後の部屋では、景色の見える窓側のベットが私の場所。 向かいは、10日ほど前に乳がんの手術をうけたLさんで、 テレビをみながら体操していらしゃる。 かなり腕があがっていた。私もあんなふうになるなかなぁ~。 Lさんは、ドレ-ンを抜いた後、廃液がたまるので、 何度か注射で抜いているらしい。 隣は近所のおばあさんだった。 とにかく今日は眠れそう・・・。
May 26 手術7月23日、ついに手術日がやってきた。 早朝に浣腸。8時に手術着に着替え、 点滴・導尿の処置を受ける。 家族・同室のみんなに見送られて手術室へ。 氏名・手術名をいい、ベルトコンベア-?に 乗せられ手術台にたどり着いた。 途中上からあつい光線を浴びる。消毒なのかなぁ~ 手術室はわりと広いみたい。 天井にはテレビドラマでみるまぁ~るいライトがある。 足と腕を固定され、口にマスクをあてられ、 「それでは麻酔をながしますよ。」といわれるやいなや、 意識が遠くなった。
目を覚ますと12時過ぎ。浴衣のねまき姿でナ-ススティション の横の個室部屋にいた。 右腕は胸の前で曲げられた状態で固定されていた。 左手は血圧測定の装置・点滴、それに尿道カテ-テル 体から廃液を出すためのカテ-テルが右胸下から2本出ている。 電気毛布のせいでか体が熱く、水枕が頭になじまず首が痛い。
家族がいうには、手術後私は「お・・おなか空いた・・」 って言ってたらしい。 たいていの患者さんは痛みでそれどころではないらしい。 S先生、驚いて「元気ですねぇ~」って言っていたんだって・・・ あ~恥ずかしい・・・ 手術後S先生は切り取った乳房をバットに入れて 「ぼくが診る所では転移はないように思いますが。」 とつまみあげておっしゃったそう。
明日のお昼まで食事を取れないなんて・・・ おなかが痛くなってくるし、傷もなんだかズキズキしてきた。 1度だけ痛み止めの座薬をいれてもらった。 寝返りも打てないので、看護士さんに動かしてもらう。
夕方、S先生が来てくださった。呼吸が浅いので深呼吸 をするようにいわれたが、気分が悪くおなかも痛いし、 とうてい無理・・・。 あ~早く時間が過ぎてほしい。
May 25 励まし2003年7月21日、麻酔科で全身麻酔の説明をうける。 22日、とうとう手術前日。 女医さんが、2種類の抗体テスト用の皮下注射を打ちに来た。 女医さんってかっこいい~。初めてお目にかかった。 この注射はかなり痛かった。テスト結果は異常なし。 夜9時以降は、食事禁止、12時以降、飲み物も禁止。
はぁ~ついに明日か~ またもや落ち込みモ-ド入ってきた。 それを察してくれたのか、Mさんが励ましてくださった。
深夜、S先生がいつものように突然現れ、 「昔、首を痛めた時、入院して手術はしなかったの?」 「はい。手術はしていません。完治せずに退院して 別の病院とかリハビリしに行ったり・・・。 もし右手もしびれがおこったり、腫れたりしたら もっと左手動かせるようにリハビリしなくちゃ・・・ねぇ。」 とうとう半泣き状態になった私。 「そう。・・・大変だったね。 でも、明日の手術は心配しなくても大丈夫だから!」と、 肩をぽんぽんってたたいてさっさと去っていった。 なんかドラマのシ-ンみたい・・・。 しばらく先生の手のぬくもりの残っている肩に手を置いて 一人にんまりしていた。なんだか気持ちが和んで幸せな気分~。 眠剤のせいもあってか、ぐっすり寝られた。
May 22 お買い物今日は雨模様。 遠出するのはあきらめ、お昼過ぎまで掃除に専念。 それから、バスで出かける。 ソニアのTシャツを見にいった。 2年ほど前にソニアのピンクのセ-タ-を買ってからよそゆきは ソニアで買うことが多くなった。ラインがきれいだし。 店員さんもきどらないけど上品な感じで気に入っている。 あと夕食の材料を買ったりウロウロして帰る。
7月20日、夜6時よりカンファレンスル-ムで手術の説明。 主人と母が立ち会う。 切断することは決まったが、リンパを郭清するかしないか なかなか決まらない。 リンパ節をとると、とった方の腕にむくみがおこる事があるそうだ。 しかしリンパ節をとらないと、がんが転移しているかどうか分からないし 術後に適切な治療を受けることが難しくなる。 見張りリンパ節といって最初に転移するであろうリンパ節のみを とり、手術中に転移しているか調べて異常なければ他のリンパ節は 残しておく方法もあるらしい。 が、その可能性が高いというだけで、他の方にすでに転移している場合 も考えられるということだ。 あ~どうしよう~色々悩んでいる間、主人と母はなんかかんか 意見してくる。 S先生は、「Tさん本人の意見が一番なんです、Tさんまだ若いんだから 手術されてもいままでどうり生活できると思いますが、無理はいけません。 自分で体調と相談しながら、すこしずつできると思ったことを していってください。」と、優しくいってくださった。 結局リンパ節のことは、手術前日までに私一存できめることとした。 病室に戻り、すっかり冷めてしまった夕食をとり休んでいると カ-テンがあくやいなや、S先生がかおをのぞかし、 「リンパ節、どうするかきめた?」 「う~ん・・・後の治療ことも考えて転移の可能性のあるものは とってしまってください。」 「・・・そう。自分できめたの?」 「はい。」 「分かりました。じゃ。」といってすたすた廊下を歩いてもどっていかれた。 ほんとに急に現れて、さっさと去っていくんだから・・ 案外、シャイなのかも・・・
May 21 第一日目7月19日、朝6時に起床。 といっても、ベットの中で半時間ほどまったりして過ごす。 それから同室の先輩に見習って、洗面所へ。 8時朝食。 看護助手さんが食事をベットまで運んでくれる。 ヨ-グルトとコ-ヒ-がついていないじゃないの! しかたがないので、売店で買ってきてディル-ムでテレビを見ながら、 食べる。 こんなにのんびり食事をとるのははじめて。 商売してる家で育ったので食事はいつもあわただしいのに慣れている。 きっと神様が休暇を与えてくれたんだ・・・なんて、 これで病気じゃなければいうことないのに。 午前の回診、血圧・体温を測る。 12時昼食。 あと暇をもてあましボウイの写真集をみたり、雑談したりしてすごす。 6時夕食。 早すぎる・・・これじゃ寝るまでもたないよ~ しばらく憂鬱な気分でベットにうずくまっていると、 突然カ-テンが開き、同時に 「えびみたいにまるまって、いつもそうやって寝ているの?」 え?・・・ 「Tさんの担当になったSです、宜しく。」 (あ-びっくりした。そんな急にカ-テン開けないで! こっちにも心構えが~)って感じ・・・ 「実は、がんが散りかけているので温存は無理ですね。 切除術でないとだめだと思いますが・・・。」 「はい・・・それでお願いします。」(あっさりすぎる返事だったかな~) 「それじゃちょっと診察しますので、前をあけてね。」 と、いうことで触診していただいた。 S先生、私よりいくつか若そうでかっこいい~かなりはずかしかった。
May 20 入院7月18日、夫に付き添ってもらい朝9時入院。 受付を済ませ、しばらくすると病棟の看護士さんが病室へ案内してくれた。 私のほかにもう一人同じ癌患者のUさんという方と出会った。 会社の検診で分かったらしい。 Uさんと私は、別の部屋に案内されたので少し残念。 4階の4人部屋に着き、かるく挨拶して早速パジャマに着替えた。 なんだかすっかり病人になった気分・・・ 私のお隣さんは、胃癌の手術をうけたMさん、 斜めは、3度も手術した事のあるNさん、 向かいは、今日退院するHさん。 Mさんはとっても気丈な優しい方で、色々気をつかい励ましてくれた。
しばらくすると、看護士さんが来て、いままでの病状についての質問や これからの事など説明してくれた。 私は昔、頚椎を痛め入院した事があり、完治せずに他の病院に 移ったことがあって、今もその後遺症で左手がすこし不自由に なってしまった。 そんなことや、今回の入院とでおもわず泣き出してしまい、 看護士さんに迷惑をかけ、Mさんにおもいっきり励まされてしまった。 それから、 Tさんの主治医は誰なの?って聞かれ、てっきり外来のK先生だと 思ってたのが、ベットについてあるネ-ムを見たら、 主治医Sって書いてあったので、S先生ですけど・・・と 拍子抜けした返事をした。 ああ!そのS先生なら若いけど腕はいいから大丈夫! ふ~んそうなんだ・・・ 入院して初めての夜は、廊下の明かりと足音、 時々聞こえてくる水洗の音でなかなか寝付けなかった。
May 14 検査開始2003年7月8日、朝食抜きで腹部エコ-の検査。
予約時間を半時間過ぎて10時30分検査開始。 この検査は寝転んでいるだけなので楽チン! 右わき腹の肋骨あたりに肝臓があるらしい。 肝臓の次は下腹部、検査技師さんが最近不正出血はありますか? と、尋ねたので不安になる。それとお通じはきちんとありますか? ???宿便でも映っているのかしら?・・ とにかく検査結果は診察のときに聞こう。
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