そのちゃん's profileたまゆらの頃PhotosBlogListsMore ![]() | Help |
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October 01 恩師末っ子が、突然、高校時代お世話になった先生に会ってみたいなと言い出しました。
高校に入学してまもなく心を病んでいたときに、色々と娘に話しかけてくれたり
あるときは、先生んちでうどん作ったるからスーパーでうどんの材料買ってこいとか
言ってほとんど強制的に自宅に連れて行かされたり(苦笑。
とにかく、教師らしくない励まし方で、娘を見守ってくれました。
そのときは、ただうっとおしいやつやなぁ~と先生に対して思っていたそうですが。
それから、だんだんと先生から遠ざかって、ちょっと悪がき連中と仲間になったりで
卒業する頃には、まったく先生から離れた状態になっていました。
娘も社会人になって色々思うところがあるのか
A先生に元気で働いてるって報告しないとあかんな~
とか言い出して
お母さん、高校のときのAって知っとう?
と、尋ねてきました。
そりゃ、知ってるで。
電話で何回か話もしたし卒業式の後、職員室に行って挨拶もしてきたもん。
それを聞いて娘はびっくりしていました。
ずっと娘には言わないでおこうと思っていたのですが
娘が学校から家に帰ってこない日があって、学校に電話をかけると
出てくれたのが、A先生だったのです。
その結果、夜遅くに何度も電話で、親身になって相談に乗っていただいたり
励ましていただいたり・・・すごく心強かったのを覚えています。
正直、末っ子が在学中のとき、高校でお世話になったのは、A先生だけだったような。
その風貌や発言も教師とは言いがたい先生でしたが、いい先生でした。
さっそく娘は高校に電話して、A先生のその後を聞いてみたら
病気して教師をやめているとのこと。
先生の自宅の住所は分かっているので、娘は近いうちに訪ねてみようと思っているようです。
August 19 鮎夕食に魚を、と思ってまず目に付いたのが鮎。
でも、お値段が・・・ということで南蛮漬け用に小あじを買いました。
せこいなぁ。
鮎を初めて食べたのは、中学時代の入院中のときです。
二人部屋でたまたま一緒になった高校生のお姉さんが
あんた鮎なんか食べたことないやろ。
一匹あげるから味見てみ。
と言われたので、少し遠慮がちに食べたのを思い出しました。
鮎は、お姉さん宅からの差し入れ。
味はあっさりしていかにも初夏の魚 っていう印象だったような・・・。
このお姉さん、ちょっぴり恐い、でも優しい人でした。
タバコを病院内に隠していたり、リンチされてできた手のひらの焦げあとを見せながら
あんた、私が通ってる高校においでよ。
可愛がってやるからさぁ。
どんなふうに可愛がってくれるのかわかりませんが。
今でも鮎を見るとちょっとスリリングな入院生活を思い出します。
January 18 忘れてはいけない日忘れてはいけないあの日。
夜明け前の暗闇を恐怖の色に染め上げた。
突然、奈落の底に突き落とされたような感覚のあと
何秒、何分続いたかさだかではない激しい横揺れ。
ありとあらゆるものが、布団一枚被った体めがけ飛び掛ってくる。
ようやく夜が明けて、ガラスの飛び散った階段を降り
ことの深刻さを思い知らされた。
遠くから車でやってくる見知らぬお客さんのために
店頭に積み上げていた水やカップラーメンが飛ぶように売れてゆく。
やがて、水が出なくなりガスがこなくなり
あたり前の「日常」があたり前ではなくなった。
が、テレビに映った街は見るも無残で
私たち家族の身におこったことなど、及びもしない。
重い心をいまだ鎖のように引きずって、それでも生きようとする人たちがいる。
忘れてはいけないあの日。
忘れてはいけない出来事。
忘れてはいけない想い。
January 13 家族写真末っ子が五つの七五三のときに、記念に撮った家族写真。
お人形さんのように、晴れ着を着てすましている娘達。
「お母さんってこのとき、何歳?」 娘が尋ねる。
「え~っと・・・31・2歳かな。」
「へぇ~会社の先輩と同じ年? 見えない 見えない。」
「それってどういうことよ。」
「いやぁ・・・貫禄あるっていうか、落ち着いてる。」
「そりゃ、このときには娘が3人いるんだから、肝が据わってるんでしょうよ。
大変だったんだからね・・・。」
期待と不安で少しこわばったような表情に映っている。
久しぶりに撮ってみようかと、意見が一致。
今度映る私は、どんなふうに納まるのでしょうか。
November 17 父帰るテレビを何気なく観ていたら、大阪で活躍している女浪曲師の特集をしていました。
日頃は浪曲なんてまったくの無縁なんですが、ふと、祖父のことを思い出し・・・。
母の父は、私が中学くらいのときにはこの世にはいませんでした。
かなり、波乱万丈な人生を送ったであろう祖父は、生まれつき目が悪く
浜辺のその家に行くと、必ずといっていいほどラジオが流れていました。
浪曲が好きで、カセットテープをたくさん持っていた祖父。
色々な曲名のものがあったのですが、今は、父帰る という曲名しか私の記憶にはありません。
それがそんな内容なのかも知らないのですが
浪曲ときくと、祖父のお気に入りだった 父帰る という曲名を思い出します。
テレビに出ていた女浪曲師は、女優志望だったのですが
演出、演技のすべてを自分で作り上げてゆくこの仕事が、自分の目指していたものだと
信じて疑わず、日々精進しているのです。
たまには、祖父の暮らしていた浜辺の町を訪れてみようかな・・・。
September 01 むかしむかしの夏休み今日から、新学期。
といっても、我が家では新学期を迎える子どもはいないのですが。
近所の中学校では、毎年9月に体育祭が開かれるので
夏休みが終わり2学期が始まるとほぼ同時に、体育祭の練習が始まります。
競技のあとには 総行進 といって、ひたすら熱い熱い運動場を全生徒で行進するのです。
実は私も体験しました。
ぶったおれるぐらいひたすら歩きました。というか歩かされました。(苦笑
運動が苦手な私は、25メートルを完泳することが出来ず
夏休みのうちの3日間 集中練習と称して昼下がりのじりじりした熱気のプールで
先生に付き添われ猛特訓が始まったんです。
男の先生で何だかいやでしたね~。
2日目までは、猛暑に打ち勝ちつつ、ひたすら泳ぎました。というか泳がされていました。
が、異変がおこったんです。
急激な日焼けで背中が、赤く腫れあがってなんと水ぶくれだらけ!
下着が背中にあたってもヒリヒリ痛く、まともに寝ることも出来ない。
3日目の朝、学校には 風邪を引いたので・・・ といって休みました。
あ~最悪な夏休みでしたね・・・。
August 24 通学路夕方から急きょ、近所の電気屋さんに出かけることになった。
自転車を使えば、ものの10分もかからないだろうが
ここ何十年自転車にまともに乗っていないので、歩道の無い道へ出るのは恐くて・・・。
もう黄昏が始まっている。
ビニールハウスの向こうには、今にも沈みそうな夕陽。
この道は、小学校時代の通学路でもあり、ここを歩いていると懐かしい匂いがします。
田んぼの稲穂は青々として、こうべを垂れています。
橋を渡り終えるとそこには懐かしい小学校の校舎があります。
そして、校舎のすぐ近くには、おばあさんが一人で店番をしている駄菓子屋さんがあるはず。
が、駄菓子屋さんの小さな店はあとかたも無く、一戸建ての住宅が建っていました。
タイムスリップしたような不思議な夕暮れ。
家がたくさん立ち並び闇を照らす明りが増えても、観音様の祠や田んぼやあぜ道は
昔のままの闇をかもし出しています。
その明りと闇のなかで鳴く虫たちの音に耳を傾けながら、家路についていました。
August 03 サクラ散るブログを始めて、色んな人たちに出会い、交流する楽しさを知った私。
嬉しい事や発想の転換のヒントとか、ほんとうに感謝しています。
そんな中、思いもかけぬ悲しい出来事に直面してしまいました。
櫻灯路さんが、持病の心臓発作で、他界されたという一報。
退院されて、リハビリに励まれ少しずつ体力を回復されていたと思っていましたのに。
私への櫻さんの言葉がありました。
「私以上に、元気に生きてください」と・・・。
そう・・・櫻さん以上に元気に生きてゆきますからね。
櫻さん、ちゃんと大好きなお父様やお母様と会ってくださいね。
そしていつまでも仲良く安らかな時を過ごしてください。
桜が大好きだった櫻さん。
桜の花咲く頃、私は毎年思いを深めることになるでしょう。
最後に、いい出会いをありがとうございました。
心から感謝しつつご冥福をお祈りします。
May 04 青いキャンバスベランダから見上げた雲ひとつない真っ青な空
まるで青い絵の具で染め上げたキャンバスのよう
・・・彼の描いていた絵にどこか似ている
海辺の村に住むその彼からは、潮風の香りがした
いつだったか 彼がふざけていった
夕暮れの海岸でひとりスケッチをしていた友人の話
その姿を見たら きっと君は彼に恋をしていただろうと・・・
・・・ううん するわけない イーゼル越しに覗くあなたが一番
教えてくれたよね
電車を降りて 駅前のケーキ屋さんでケーキをひとつ買って帰るのが
楽しみだって・・・その悩む顔が見たかったな
漁師のじっちゃんのような太い腕になりたいなって
それから 髪を切りすぎてかっこ悪くて しばらく逢えないって・・・
彼と私が描いた風景画
あまりにも未熟で幼くて・・・
あなたのキャンバスには今 何が描かれていますか
March 22 家庭教師高校時代、苦手だったのは数学。
どうしてサイン・コサインとか、皆が覚える必要あるの!
もういや!夏休みの宿題が仕上がらない~
ということで、夏になると、電車に揺られ秀才の従兄弟に
助けを求めに出かけていた。
従兄弟のK君は有名高校から超有名大学に進んだ大秀才
でも、偉そぶってなくてとても優しいジェントルマン。
私のバカさ加減にも懲りず、懇々と一問一問教えてくれる。
なんて、頭良いんでしょう・・・と半ばうっとりしながら
彼の横顔を見つめ、催眠にかけられそうな心持で聞く。
だめだめ、この人は。
永年付き合っているらしいしっかり者の彼女もいる。
あれやこれや思い巡らしていると
「・・・解ったの?」・・・いや、あんまり(苦笑
ごめん、飲み込み悪い生徒で。
おやつも出してくれるし、(まるで子ども)
色々知らない事も教えてくれた。
いつだったか、K君が彼女を連れてうちに来た時
K君が私のために、画集を持ってきてくれた。
そっと差し出すK君の横にいた彼女の鬼のような顔。
分かってますよ、K君はあなたのものです。
彼は誰にでも優しい罪作りな紳士だということくらい。
彼の部屋に積み上げられた手編みのマフラー見れば分かります。
こんな従兄弟を持てて幸せモノです。
今は、異国で活躍するK君。
あなたに数学教えてもらったことは、一生忘れません。
March 21 お彼岸今日は、春分の日。
お店を休みにし、午前中にお雛様をしまう事にした。
お内裏様やお雛様にうっすら積もった綿ぼこりを払い落とし
ダンボールの箱にそっと入れる。
そして、赤い毛氈を物干しに通してしばらく風にあてた。
私のこだわりで、お内裏様とお雛様をしまった箱には
他の人形を入れないことにしている。
何故って?
・・・それは、野暮というものですよ。
その分、その他の三人官女たちは、
随分と窮屈な思いをしているかもしれないが・・・。
途中、長女が助っ人に来てくれて、片付け完了。
お彼岸ということで、正午過ぎ、妹一家がやって来た。
妹の息子二人は、とうにご主人の背丈を追い越し
ますます頼もしい限りだ。
皆揃ってお寿司をいただき、楽しいひと時を過ごす。
霊感の強い次女が以前こんなことを言っていた。
和やかに家族、親戚が集っていると、人と人の間に
ご先祖様が入ってきて、皆の話を聞いているんだよと。
どうやら私にはあまり霊感というものがないらしく
それを感じた事はないが、ご先祖様に見守られていると思える
瞬間は何度かあった。
とくに祖母には、夢によく登場してもらった。
お通夜の晩、祖母に死に化粧をほどこしたことをふと思い出す。
いつも、祖母の描く眉毛はアンバランスなのが気になっていた私。
最初で最後、最期の手直しをしてあげる事が出来た。
もしも、今日の団欒の場に、祖母がいたなら
ちゃんと手直しした眉毛のままの祖母だったんだろうか・・・。
梅の樹の下には梶井基次郎の「桜の樹の下には」という小説の下りは
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」というものだが
我が家の梅の樹の下にも、実は屍体、いや屍魚が埋まっている。
事の始めは、何年も前に祭りの夜店で、娘とした金魚すくい。
何度も紙を破ってやっと手に入れた3・4匹の小さな金魚を
ビニール袋に入れてもらい、帰る道すがら何度も、とった金魚を娘は
眺めていた。
自宅に持ち帰って、以前ブラックバスが息も出来ないくらい窮屈そうに
押し込められていた水槽に、その金魚たちを放してみる。
悠々と快適そうに泳いでいる姿を、飽きることなく見ていた娘。
が、一週間も経たないうちに全ての金魚たちが死んでしまった。
ちゃんと、水道水は日向に出しカルキを抜き、えさやりもしたのに
あっけなく死んでしまった。
埋めたのは、その金魚たちではなく、後日父が、しょんぼりしている
娘のために買ってきてくれた2匹の金魚である。
ホームセンターで見つけてきた2匹の金魚たちは、夜店で怯えながら
目を回している金魚とは違い、力強く泳いでいるように思えた。
せっせと、日向水を入れ替え、適量の餌を与え続けた。
いつの間にか、それは私の日課となっていた。
よくよく見るとこれが結構可愛い。
距離をおいてぼんやり眺めるのもよし、金魚たちが驚くほど水槽に
顔を押し付けて自分も魚になったような錯覚を覚えるのもよし。
ふわふわと揺らめくひれが涼しげで、とにかく癒された。
ある日、片方の金魚の動きがおかしいのに気がついた。
仰向けになって泳いでいるのだ。
変だな、やばいかな・・・と思って何日か後、どちらの金魚にも
その赤い体を包むように、白いもやもやがへばり付いていた。そして、
体のあちこちが溶け出しているような、欠けているように見えた。
こりゃ、大変だ!慌てて水槽に薬を流しいれてみたが・・・
ブルーに染まった水槽の中でぷかぷかと浮いているだけの状態。
悪い事をしたなぁ・・・と思いつつも、悔やんでいても仕方ないし
さて、どこに埋めるとするかなぁ、あれやこれや考えた結果
梅の樹の下に穴を掘ってそこに埋めようと。
子犬が車に引かれた時は山に埋め、小鳥が死んだ時は庭に埋め
そんなことをそこいらじゅうの人々がしているなら、
自然の下には、どれだけたくさんの屍体が埋まっていることか・・・。
そりゃ、桜の樹の下には、屍体のひとつやふたつあっても
何の違和感もないでしょうね。
March 03 もうひとつのお雛様床の間に晴れやかに飾られたお雛様。
実はうちには、もうひとつのお雛様がある。
それは、何年も陽の目を見たことがなく、物置にしまわれている。
わけあって、ある人の手元になければいけないそのお雛様は
暗闇でひっそりと息を静めているはず・・・。
きっと、悲しんでいる・・・と思う。
かといって、飾ってあげる事は出来ず、すんなりと手渡す事は難しい。
その親子は、今、幸せに暮らしているんだろうか。
桃の節句に、めぐって来る懐かしく切ない想い。 February 08 ひとあし早いバレンタインもうすぐ、バレンタイン。
毎年、我が家の男性軍には、日頃の感謝の意を込めて
いちおうチョコレートをプレゼントしている。
が、結局その味を楽しむのは我々女性達。
ひとあし早く母が、チョコレートを買ってきた。
おっ、今年はゴディバですねぇ~。
では、私が味見することにしましょう。
バレンタインの思い出・・・
高校生の時、妹に頼まれて私は同級生の男子にチョコレートを
手渡したこと。受け取った男子は、それが私からのプレゼントじゃないと
知ってたんだけど、まわりにいた男子達はすっかり誤解してしまった。
頼んだ妹も妹だけど、素直に役目を果たした私も私。
あ~情けないやらこっけいやら・・・。
その後、私は付き合っていた先輩にちゃんとチョコを手渡すことが出来た。
やっと春が訪れたって感じかな?
先輩は、甘いものに目がなく、
初めて二人入った喫茶店で注文したのも、チョコレートパフェだった。
あんな甘い甘いバレンタイン、過ごす事もないんだろうなぁ・・・。
January 19 海の幸先日父が、かにを買ってきてくれた。
市場で仕入れてくるので、結構安く手に入る。
かにを食べる時は、つい無口になりますね。
かにといえば、何年か前、家族とうちのお客さん何人かで
香住の宿へ出掛け、かに三昧をしたことが懐かしい。
こじんまりした、でも温かい宿だった。
外は、静かな一面の銀世界。
刺身、かに味噌、鍋、雑炊と日本海の幸を存分に味わった。
カラオケで盛り上がり、とうとう踊りだすおじさんも・・・。
帰りは、もちろんかにをお土産に家路についた。
また、皆でかに旅行したいなぁ・・・。
香住の海で思い出すこと・・・。
高校の美術部員で、日本海の見える宿で合宿したこと。
皆並んで漁船を描いたり、浜辺を散歩したり、泳いだり。
夜には近くの学校の校庭をスタート地点として、小さな線路を渡り
寂れた神社までたどり着くという肝試しをしたのも懐かしい思い出だ。
要所要所で脅かす役柄の仲間もいたりして、かなり楽しかったなぁ。
瀬戸内とは違う情緒のある日本海の光景。
夕陽に照らされた海をまた見てみたいなぁ・・・。
November 30 時のながれに・・・ あかいあかい
何があかい
りんごがあかい
あかいあかい
何があかい
もみじがあかい
あかいもみじの下
あなたとふたり
わたしのほほもあかくなる
木々から舞い落ちた枯葉たちのおしゃべり
こっちへおいでよ おしくらまんじゅう
みんなでなかよくあったまろ
おしあいへしあい おしくらまんじゅう
たのしいね たのしいよ
いつのまにか 冬支度
あったかい冬景色だね
流れ星が降ってきたよ
さぁ!ツリーをかざろ
とびきりいかしたきらきらツリー
あなたが結んだ破魔矢の鈴 ちりちり ちりちり
うれしくて ちりん ちりん
押入れで冬眠しているよ 起こしてみたくて ちりちりりん
なつかしい鈴音 ちりちりちりん
一番前の座席だよ ちゃんと見つけてね
やくそく げんまん ゴットン ゴットン
特別の日 晴れ着 似合ってる?
海が見えた もうすぐ もうすぐ
どきどき ワクワク ・・・あ!みえた赤いセーター
もう いいよ へたくそ手品
だまって おそろいのパフェ食べよ
じゅうぶん 楽しいんだからさ・・・ November 21 独り言ある教師曰く、勉強、体育において良く出来た生徒か、はたまた
とんでもなく出来ない生徒の事は、印象深く記憶に残るものらしい。
成績のことはさておいて、体育の出来が悪い私の事を
あのスポーツ万能な彼女たちと同次元で記憶されているのは嬉しい事だ。
部活動も授業でもなじみだったK先生は、私が卒業するとき
1通の手紙を書いてくださった。
そのの描く絵は神経質すぎる、弱気にならず元気出さないとだめだぞ、
もっと自信を持とう!そうなんだなぁ・・・。性格が出るんだな、絵って。
その頃、いつも一緒だったSちゃんは、いつも元気いっぱい!
従って描く絵も大胆でおおらか。
彼女のお蔭でどれだけ楽しく学園生活が送れたか・・・。感謝、感謝。
クールで大人っぽかったAちゃんとは、
デッサンそっちのけで漫画をよく一緒に描いていた。
高校、大学と進み、結婚して子どもにも恵まれ、一応社会人として
仕事にもつき、見守ってきた子どもが次々大人になり・・・。
だいぶ、自分をコントロールする要領さも身につけたし
神経図太くもなったような・・・。
これからは、どんな自分を歩んでいくのかなぁ。
どんな自分でもいい、人生一度きり、自分らしく自分の道を歩んでいこう。
昨日買った小さな花器と和ろうそく。 October 28 やる気のお地蔵様家族と友人一家で、鳥取のキャンプ場に出掛けたときのこと。
お世話になったキャンプ場のオーナーは、
美大を卒業したという風変わりな男性。
キャンプ場の傍らに、お地蔵様が祭られていた。
その名も、『やる気のお地蔵様』。どうやら、彼の作品だったようだ。
詰所の小屋には、手のひらにすっぽり収まるほどの
沢山のかわいいお地蔵様が、行儀よく並べられている。
それらは、オーナー自らが作ったもので、
手頃な値段で売られていたように覚えている。
すました顔、優しく微笑んだ顔、色んな表情のお地蔵様たちが勢ぞろい。
山の夜は、早い。
夕食は早めに済ませ、火を囲んでの男達の宴は盛り上がり延々と続いた。
私は一足先に子供たちとバンガローで休む事にした。
灯りは、主人が用意したランタン。
(何かと手のかかる主人だが、アウトドアー用品に関しては、自らの手で
これでもかというほど用意万端。)
ランタンの温もりでか、木の香りがいっそう際立ってぐっすり
眠りにつく事ができた。感謝感謝。
朝、窓から差し込む光りで目が覚めた。
どこからか聞こえてくる鳥のさえずり、朝もやの澄んだ空気に洗われた木立。
さぁ、今日もいい天気だ~。いい感じだ~。
意気揚々と、朝ごはんの用意をしようと昨夜の宴のあとに目をやれば・・・。
げっ、なんだこりゃ、汚すぎる・・・。
昨夜飲み食いしたままの状態の食器類が・・・。おまけに油でギトギト~。
どうせ、「あぁ、片づけしなくても明日やったらいいんだから。」とかなんとか
うちの主人が言ったに違いない!・・・って、誰が後始末するの!
多少文句を言ってみたが、暖簾に腕押し。
いつものことである。世話が焼けるのである。
気を取り直し、楽しく過ごす事に専念。
楽しかった時もすぎて、帰路に立つ時刻となった。
『やる気のお地蔵様』をバックに記念撮影し、
子ども達それぞれ好みのミニ地蔵様を買って帰ることに。
子供達も大きくなり、最近は、家族でキャンプなんてしなくなってしまったが、
機会があればまた行ってみたいなぁ。
山の空気を思いっきり、胸いっぱい取り込んでみたい。
October 27 虚空 虚無またもや、国語の教師のお話。(昨日とは別人の)
その先生は、我が美術部の顧問と気が合うらしく、
よく部室に顔を出していた。
ピンクのシャツが似合う、甘くてクール、不思議な印象の先生。
(そこがたまらないんだなぁ~)
今日も来てる・・・と、どきどきしながら部室に入っていく。
何をあんなに楽しそうに顧問のY先生と話しているんだろう・・・。
が、Y先生とは話せてもK先生には話しかける事がどうしてもできない。
そうこうしているうちに、サイン帳(卒業を記念して友達などに
寄せ書きしてもらうためのノート)を回す季節になってしまった。
思い切って、K先生にもサイン帳を書いてもらう事にした。
顧問のY先生にまず渡し、K先生に必ず、渡すように念押しした。
何日か後にサイン帳が手元に帰ってきて、わくわくしながら見ると・・・
Y先生のは、ありきたりな励ましの言葉が書き綴られていた。
それでも充分、嬉しかったのだが・・・。
ところが、K先生の文章は中学生の私には、ちと難解だったようで・・・。
虚空 虚無 そしてなんにもなし ・・・こう書かれていた。
えっ・・・、虚しいだけなの 空しいだけ なんにもないのか・・・
すごく、ショックだった。がっくりきた。しかし。いや、待てよ・・・。
晴れの日を迎える教え子にそんな言葉を送る教師がどこにいようか。
卒業してから、その意味を調べなおすことにしてみた。
どうやら、私のとんだ思い違いのようだ。
広大無辺な大空のごとく心にわだかまりを持たず
自然のままにのびのびといこう
それにかぎる それでいいんだ こんな感じだったのかな。
あ~やっぱりいかした先生だよ、まったく。
ほんとにいい先生にめぐり合えてよかった・・・。
あめが上がりました。 October 06 誕生日さわやかな秋晴れ、今日は洗濯日和だった。
空は高いし、雨上がりの葉っぱには、きらきら水滴が光っているし。
24年前もこんなすがすがしい気分だったのかなぁ・・・。
今日は、長女の誕生日でもあり、彼女をとりあげてくれたM先生や
助産婦さんに大変感謝した日でもある。
初産のわりには、楽にことがすすんだように覚えているが(気がするだけかも)
もうすこしでおぎゃ~の瞬間、突然M先生が、私のおなかを押さえると
する~んと、出てきた感触が脳裏に焼きついている。
(とても素人にはできない技でしょうね)
標準よりすこし小さめで産まれてきたのでか、顔いっぱいに目・鼻・口の
パーツが、はみ出んばかりに存在していた娘だった。
そのあとの2回の出産もM先生にお世話になった。
にこりともしないクールな先生だったが、頼りがいのある優しい先生だった。
娘達にもいつかそんな先生に出会える日がくるといいのになぁ・・・。
金木犀ほかいろいろ・・・。シオンに素敵なお客様がきてくれました。
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